2024年3月9日語りのワークショップ参加のメモ

今日は横浜ボートシアターの語りのワークショップに参加した。このワークショップは文章を読み始める前に、まずはウォーミングアップを行う。今回、このウォーミングアップの長さがなんと1時間もある。ワークショップ全体が3時間とはいえ、ここまで丁寧にやることはなかなかない。基礎を大切にする講師の紗矢さんの姿勢が出ている。ウォーミングアップという地味な部分であっても、細かく、大切なことが伝えられており、その気になってしっかり吸収すれば、受講者は役者や語り手になれるかもしれないと思えるほどだ。

長いウォーミングアップの後、ようやく台本を用いた語りが始まり、一人ずつ車引きの場面を語っていく。こちらもスイスイと進むことは全くなく、内容は最初の3行くらいをひたすら行ったり来たり。語った時、どのように聞こえるかという点から細かな指摘が入っていく。紗矢さんの言葉は優しいが、自分の身体的、精神的な状態を見透かされるような核心的な指摘ばかり。その指摘は自分のなかなか変えられない部分であり、「またか……」と内心少し凹むこともある。

翻って、皆さんは果敢に語りに挑んでいて素晴らしい。昨年の舞台と同様、参加者全員でコロスのように語る時間も取って、語りの力がどこまで自分たちを連れていくかを少しでも実感することができた。

帰り際、Kさんから音楽のワークショップもぜひとおっしゃっていただいた。自分に務められるか甚だ自信がないが、劇団と相談しながら企画を進めていくことができればと思っている。

何もできない日々

最近も相変わらず神話に関する本を読んでいる。ある本によれば、神話学者によって神話の定義が異なるらしく、一口に神話といっても何が神話なのか、あるいは神話のどんな側面を重視するかによってだいぶ違うらしいことが窺い知れる。

19世紀の神話学者フレイザーは、研究のしすぎて晩年盲目になったらしい。しかし、そんな彼は進化論的な立場で「神話→宗教→科学」という人間の認識の発展を信じており、神話を前時代的なものとみなしていた。僕がもしその認識を持っていたら盲目になるほどの熱量で神話を渉猟しないと思う。いったいどういう動機で研究していたのだろうと素朴に興味を持った。『金枝篇』はいつかちゃんと読んでみたい(真っ先に読むべきはフレイザーの伝記かもしれない)。

この記事のタイトルは「何もできない日々」となっているが、特に内容を定めて書き始めたわけではない。しかし、ここまで書いてみると、視覚を失ったフレイザーはいったいどうやって晩年を過ごしたのかが気になってきた。目が見えなくなったら、研究は困難を極めるだろうと思う。彼の晩年は何もできない日々だったのだろうか。

自分も目が悪いので、呑気な生活を送りながらも、いつか失明するのではないかと思いながら生きている。そして、失明したら「何もできない日々」が待ち受けているのではないかとも覚悟している。いやいや、琵琶法師だってスティービー・ワンダーだって盲目だけど立派に仕事をしているじゃないか。

しかし、その仕事だってあと何千年か何万年かしたら人類自体が滅亡して、何にも残らないじゃないか。じゃあそもそも仕事って何の意味があるの? 意味に何の意味があるの? もちろん意味などないのである(しかし、その無意味さは究極の自由でもある)。これは短期的な観点では現実逃避だが、長期的な尺度ではかなりの確率で起こるであろう圧倒的な「現実」でもある。

短期的な視点で考えると、仕事には他者性という欠くべからざる前提があると思う。他者の存在しない仕事を仕事と呼べるか? 哲学的にこれがどう考えれられているか正確にはわからないけど、他者なしの仕事は仕事と呼べないのではないか。ヘンリー・ダーガーやカフカみたいに死ぬまで自分の作品を発表する気もなく書き綴る行為は、芸術的創作であることは間違いない。しかしそれは仕事とは異質のものだったのだのではないか。

ここからは完全に僕の想像だが、発表する気もなく作品を作る行為というのは、届かない人にこそ届き、救いになって欲しいという思いなのではないか。孤独の深みにおいて、ギリギリ立ち止まろうとする行為だったのではないか。いや、そういう面もあるかもしれないが、なんか違う。

少し仕切り直そう。他人に対して作品を投げかける行為も、発表しない作品を作り続ける行為も、結局はなんらかの信仰に基づいて創られているように感じる。例えば前者は他者が確かに存在し、交流ができるという点において。後者においても当然他者の存在は信じられているが、それは通常の意味での他者ではない。自分の精神の内にある他者である。

今、僕は「信仰」という言葉をおおよそ他者が存在するということに対して用いている。自分の精神の内にある他者への信仰というのは、今まであまり深く考えてこなかったが、どうも直観的には僕にとってかなり重要そうなテーマである。僕は明らかに自分への問いかけとして作品を作っている節がある。

延々と書けてしまいそうだが、睡眠時間がどんどん削られてしまうのでこの辺でやめておこう。

ひとまず、作品を作るという行為はどういった信仰なのか? これが今日考えたことだ。

自己観察への見切りのタイミング

ここ2週間ほど左手人差し指の調子が悪いため、楽器を弾かないようにしている。なかなか治るのが遅いが、これはどうしても日々の生活の中で人差し指を使わざるを得ないからだろう。

自分の仮面即興を動画に撮った。自分の体の良くない部分がよくわかる。次の本番までにもっと強化をしなきゃいけないとはっきりわかる。やはり記録はちゃんとしておくべきだな。

やるべきことをやる際に、自分の感情やモチベーションをあてにしすぎると、逆に手が進まなくなる。よく人間は悪事に手を染める際に感情を殺すが、実は良いこと(もしくは普通のこと)をする時も感情に囚われない方が良い。「良いことをする時」というのは正確に言うと、「良いことを行いつつある時」と言った方がよいかもしれないけど、要は何かを行う前にどこかで感情に対する観察に見切りをつけないと、何事も行うことができなくなる。これは語りの稽古をやっている時などにもちょっと感じたことだ。

この見切りのタイミングをいつ設定するかを見極めるのが今の自分の課題の一つだ。立ったり歩いたりすることは、いかにも安定しているような気分になってしまうけど、実際体の中はとても流動的で、常にいろんな力が拮抗している結果として体勢が生まれている。精神においてもおそらく同じで、そういった意味での均衡をいつ破るかというのが見切りのタイミングでもある。日々勉強すべきことがばかりだなあ。

久々の語り公演の稽古

2020年に遠藤さんが亡くなって以降、横浜ボートシアターは語りの公演を久しくやっていなかった。新型コロナウイルスの流行、船劇場の修繕、2度に及ぶ追悼公演などのヘビーな出来事が次から次へとやってきて、小さい公演をやっている精神的余裕がなかった。今も本当は落ち着いているわけではないけど、大きな公演をいますぐやるという状況ではないため、ようやく昔のような語りの公演を開催する余裕ができた。

事務所で行う稽古は昔のままで懐かしさが蘇ってくるが、昔のままというわけではない。稽古に参加するメンツが違うし、今は演出が紗矢さんである。そして、僕自身も語りの稽古を受けている。同じような出来事でも、決して何から何まで同じにはならない。それは舞台の本番が毎回違うのと似ている。

語り公演の稽古ができるようになったとは言っても、それは余裕ができたというわけではなく、確定申告などの雑務をはじめ、水面下では相変わらずたくさんの仕事がふりかかっている。気の遠くなるような気分になりながらジミヘンを聴いていると、平衡感覚を失ってどこかにトリップしそうになる。

今日の稽古の最中、図らずも最期に近い頃の遠藤さんの話になった。思い出すといまだに少し辛いものがある。人の死というものはいつまで経っても慣れない。死というものがそれだけ特別なのだ。自分の死というものはそういう意味では逆に特別ではない。死という形で他者を失う経験の方がよっぽど空虚である。死という形での他者の喪失は、逆説的にもっとも他者を感じる瞬間の一つである。

自分にとって、そのように他者に対する強烈な感覚を呼び覚まされる瞬間はもう一つある。舞台の本番に立った時だ。これは昨年役者として舞台に立って実感した。本番中は舞台から客席はほとんど見えないのだが、それにも関わらず舞台上の役者は観客を強烈に感じ取って芝居を演じる。この時、役者はおそらく言語を絶するほど深い体験をしているが、果たしてそのことが自分をいくらか変えてしまったかまではわからない(よくよく思い出してみると、似たような感覚は人生の節目で何度かあった。しかし、舞台の本番が有数の出来事であることは確かだ)。

さて、最初に戻って語りの稽古のことになると、語りの稽古は本番並み、または本番以上に緊張する。聴いている人の顔がはっきり見えるし、腹の座り方が本番よりも弱くなりがちだからだ。本番はもう絶体絶命な状況をいわば押し付けられているので逆に問題ないのだが、極限状況まではいかない状態で他者と対面し、語るという稽古のあり方はいまだに慣れない。毎週土曜の語りのワークショップの時もめちゃくちゃ力が入ってしまう。今までなぜ緊張してしまうのかわからなかったが、今この文章を書いていて、本番と稽古では他者の性質が自分の中でちょっと違うらしいという手がかりを得た。稽古でも語るときは一人だが、ダメ出しも入ればやり取りもある。その中でどう切り替えて的確に語っていくか。そこは結局自分の責任として引き受けなければいけない。

この文章を書いている時もそうだけど、一人になった時にその人間がどれだけ力を出せるか。遅まきながら、今年はこのことにこだわってみたい。

Suno AI雑感

歌詞とジャンルを入力すると、自動で歌付きのトラックを生成するSuno AIというサービス、無料でお試しできるのでちょっと使ってみた。

Boosa nova with classical instrumentsみたいに、複雑にジャンルを指定したらイマイチだったが、1ジャンルのみでやってみたらそれっぽい感じになった。素直で熱心に勉強するが、勘の悪いが作った感じとも言える。

今のところ、このAIでできるメロディとアレンジは、体裁こそ整っているけど個性がなかったり、文脈的に微妙な音を鳴らしてくることがある。そういう意味で、作曲家として仕事をしている人の本当の意味での脅威ではまだないと思う。

今後どうなるかを想像してみたけど、たとえばこれが極まってハイレゾ音質でも遜色ないくらいの音源ができたとする。それは当然ビジネスプラン的なやつで月額3000円とかで使えるサービスになると思う。一発当ててやるみたいな人がこのビジネスプランに大量に押し寄せるだろう。あるいは、AI自動生成に特化したレコード会社とか、音源制作会社が出てくる可能性もあるだろう。

あるいは歌詞についても、今後人間に近いようなものを生み出すサービスが登場してくる可能性は高い(今もSunoには歌詞生成機能があるけど、もっとクオリティ高いものということで)。AIが作った歌詞をAIで作曲させ、良・不良の選別をしてマーケットに出す。

ここまできたら、人間の創造性は社会的に大いに疑問に付されることになるだろう。しかし、では創造って一体何よ、とも考えてしまう。AIが出したものに人間が手を加えるのだとしても、それは人間にとっての創造だろうか。外から見たら両者は区別ができないかもしれないが、作る人間の内面としては全く違う経験になる。

さらに、AIが動画やPV、公式SNSなども自動で運用するようになり、マーケット上のものが全てAI出力になったとしたら?その時、目に見えるものが全てAIであることを知りながら、人間はマーケットに出るものに魅力を感じるのだろうか。または、AIの持ち主はAI出力と悟られることを恐れて、AIであることを隠すようになるだろうか(AI出力なのに人間が作ったと偽ったら罪に問われる時代が来る予感もある。楽観的だけど)。

生身の人間の最後の居場所はライブになるのだろうか? しかし、物理的存在としても、人間と区別のつかないアンドロイドが、AIプロデュースによるライブを行ったら? AIの完璧な立ち回りの陰で、人間のパフォーマーですら、ひっそりと役目を終えるのだろうか?

だが、AIを主体的に動かすのが人間であったとすれば、使う側の人間は音楽の技術や知識には詳しくないとダメなんじゃないかとも思う。また、身体的に自分が音楽とどのように向き合ってきたかということも問われるだろう。作るプロセスは変わるかもしれないけど、本質的なところは結局変わらないんじゃないかっていう気もするなあ。

映像チェック

『新版 小栗判官・照手姫』前半の映像チェック。一人では絶対に耐えられないので、紗矢さんに付き合ってもらい、無事最後まで見ることができた。一度見れたから、次は多分一人でも大丈夫。そろそろ動画用に録音した音声もチェックしなければ。

今は小さい仕事をコツコツとこなしつつ、勉強しつつ、構想を練る期間。これは一種の猶予期間と自分は感じるが、とはいえ遊ぶ時間があるかといえば全然ないので、見方を変えると忙しいとも言える。しかし、現在の自分を忙しいとは思っていない。心に余裕があるからだろう。

ここ1〜2年を振り返ってみると、仕事の充実がいき過ぎて、忙しいと感じたケースが多かった。いくらでも仕事をしようとして限界が来る時もあれば、単純にやることが多過ぎてキツくなったという時もある。さらには、役者的な訓練を通じて、自分の意識の深いところを感じなければならなくなった時、今までやっていた仕事が我慢できなくなり、実際の稼働率以上に「忙しい」ように感じてしまった時もある。

「忙しさ」の感じ方が変わってきたことを踏まえると、今回の『新版 小栗判官・照手姫』を通じて生き方が変わってしまったとは言える。ここ1年くらいはその変化に対応しきれなかった感じがするので、これから先は、もう少しバランス良く生きることを目標にしようと思う。そのためには、生活のリズムが大事だな〜などと漠然と思っている次第。

わからないなりに何をするか

今週末は地味に色々予定が入ったり、ちょっとした連絡があって慌ただしい。別に今週末に限った話でなく、楽器の練習がじっくりできる日はそう多くない。曲をじっくり作れる日も同様。演奏にせよ作曲にせよ、できることは一音一音の確信を高める作業だけ。

基本は、ある演奏をするときに最低限の力を知ること。あるいは、最低限何をすれば曲が成立するかを見極めること。同時に、目的を達成するために必要な動作を想像すること。これらをせずに練習・作曲を始めるとドツボにハマる。

今、インドとアフリカの本を同時に読んでいて、ふとこの二つの区別がきちんとついたのは何歳くらいの頃だったかを思い出そうとしてみた。少なくとも、小学校の低学年くらいまではよくわからなかったように思う。

それ以外にも、区別がつかないことはたくさんあった。今だってわからないことばかりな上に、新しい出来事や概念は日々泡のように生まれては消えていく。まともに流れに乗ろうと思っても乗れるわけがないのは明白だ。であれば、演奏や作曲と同じように、確信を持てることを少しずつ積み上げていくしかない。しかし、僕は音楽以外のことに関してはそのことをサボり気味である。いや、音楽ですらかなり怪しい……

ギリギリまで考えて迷うことが良くも悪くも自分の特徴だと思うので、せいぜいこの先も悩むことにしたいが、悩みといえば、人生何を優先するかはとても難しい問題だ。十年くらい前だったら音楽優先だろ、と秒で答えられたけど、今の自分の振る舞いを客観的に捉えると、YBTが最優先事項だと思う。なぜそういうことになっているかを、今この時期にじっくり考えて来年に備えておきたい。

『インド神話』

やらなければいけないことがあまり消化できてないにもかかわらず、あまり焦っていない。ここ数年困難が降りかかり過ぎて麻痺していると思う。結局後で自分の首が絞まることになるので、いい加減手を動かさなければ。

一方で、今は一年のうちでもっとも音楽に対してじっくり取り組むことができる期間であることも確か。音楽を最優先にして、やらなきゃいけないことは尻に火がついた時に勢いでやってしまおうという作戦もないではない。

最近『アフリカの白い呪術師』を読んで面白かったので、アフリカ神話に関する本を読もうと思ったが、あいにく図書館カードの有効期限がちょっと前に切れており、新たに発行してもらうために図書館に行くのもなんか億劫で、手元にあった『インド神話』を読み始めた。

古代インドの神様には時代に応じて地位の変化が色々あったようだ。その辺の流れは読んでいてもさっぱり頭に入らない。しかし、地位の変化にはどんな要因があったのかが気になって、読みながら色々想像はしていた。シヴァ派とヴィシュヌ派で争ったとかもありそうだな〜、とか。インドの神概念ってどんなものなんだろう思う。神のポジションが動的だった時代には、多少氏神的な色彩もあったのだろうか?

3人のアスラが苦行をしてブラフマーを満足させ、願いを叶えてもらうという説話がある。その時、彼らはブラフマーに「私たちは1000年間にわたって悪行を続けるが、その後自分たちはシヴァに殺されるでしょう」と何故か最終的な死を受け入れた上で願いを聞き届けてもらっていた。悪役のくせに妙に物分かりが良く、不思議である。これをメタ的に読めば、元々アスラたちはそんな物分かりが良いキャラ設定ではなかったが、『マハーバーラタ』特有の運命観を強調するため、後からこの物分かりの良さを付け足したのではないか、と推測できそうだ。しかし、これを頑張ってベタにそしてアクロバティックに読み込む方が、実は面白いのではないか。そんな予感を覚えつつ、早くこの本を読み切らなければと思っている。

『新版 小栗判官・照手姫』が終わって

現在、東京公演のチェック用映像などが送られてきている状況。先ほど恐る恐るチラ見してみたが、自分が舞台に立っている姿を見るのは拷問でしかない。とはいえ、立場上見ないわけにもいかない。次回への反省とするために、心の準備をしっかりしてからちゃんと見ることにしよう。

『小栗判官・照手姫』の恐ろしさ

この作品はある種の人を非常に深く捕らえてしまうのだとはっきりわかった。以前の演出(遠藤演出)の時も、察するに本当に色々あったのだろう。これから先、自分が飲み込まれないようにしないといけない。それには、視点を広げ、いろんなことに興味を持ち、向上心を忘れず、自由であり続けようとすることが大事だと思っている。

読売交響楽団のリゲティを聴きに行く

https://yomikyo.or.jp/concert/2022/12/633-1.php#concert

割と直前まで迷ったが気合いでサントリーホールへ。入り口でプログラムらしきものを配ってたけど、もらってくるのを忘れた!

リゲティ生誕100周年ということもあって組まれたプログラムらしい。リゲティのピアノ協奏曲は、一発ネタを取り留めなく繰り出すような感じではなく、音響的素材をしっかりと発展させていってるように感じられ、とても良かった。

あんな難しそうな現代曲に大人数のオーケストラが挑んでいるという姿だけでも見もの。会場は満員ではなかったものの、お客さんの拍手は熱狂的で、カーテンコール何度やったんだってくらいずっと拍手が止まなかった。

SNS疲れ

疲れも何も、ほとんどSNSで発信してないけど、水面下では葛藤があった。今回『新版 小栗判官・照手姫』にかこつけて自分のアカウントから色々発言や宣伝のしようもあったし、言おうかどうか迷ったのではあるが、結局ほとんど何も言わずに東京公演から2週間ほど経った。何もしないで踏みとどまっていた理由は自分でも謎な部分はあったけど、さっき思い至った結論は、単純にインスタントなコミュニケーションに耐えられないからだと思った。

その基準で言えばXよりはFacebookの方がマシといえばマシ。しかし、「いいね」その他のリアクションで自分の態度が決まってしまう(ように見なされる)ことがキツくて自分からはほとんど何もできないでいる。

もっとも、こういうことで気疲れするよりは、創作を頑張ることが自分にとっては遥かに大事。今日の読響もそうだけど、自分の肥やしになることに投資をしつつ、数少ない暇な時間で創作を続けることとしよう。

2021年の自分の仕事を振り返る

昨年の上半期は横浜ボートシアター『白い影絵〜石原吉郎「望郷と海」および詩篇より〜』の音楽をはじめとした様々な業務が大半。

まず『白い影絵〜石原吉郎「望郷と海」および詩篇より〜』だが、昨年12月に作品の創作自体がかなり行き詰まり、重苦しい雰囲気で稽古をすることが多かった。加えて新型コロナウィルスの感染者数が増加して、1、2月中の稽古は中止となる。お世辞にも「稽古は順調です!」と広報できるような状況ではなく、鬱々と年を越す。確かこの頃にコロナの状況を鑑みて事業の実施年度を跨いでもOKということになり、公演が3月から6月に延期になった。

その延期も手伝ってか、1月、2月と間をあけることで逆に落ち着いて客観的に作品を眺めることができるようになった。この時期に紗矢さんは船劇場で演技エリアの変更を試行したり、スクリーンに映すフィルム画の準備を始めた。そういった作業の手伝いが多かったせいもあり、自分が音楽的に何を準備したかはあまり覚えていない。

そういえば、この時期に奥本くんの『操り剣舞』や、のちに10月にちゃんとリリースすることになるあめたちの楽曲を仕込んでいた。『操り剣舞』は、音楽的には2〜3回合わせただけで撮影で全くのノーダメージであったが、あめたちは歌を録音させてもらった後に凄まじく苦労し、横になっても動悸で寝られず、心身の不調を4月頭くらいまで引きずっていた(以降、秋くらいまでは本気を出して集中モードに入るのが怖かった)。

そんな最中に『白い影絵』のチラシの作業が入り、これもかなり苦労する。今までは作品の全体像がはっきり見えたものしか取り扱っていなかったが、今回は結末がまだ見えきっておらず、ビジュアル的要素も試行錯誤の最中であった。僕は基本的に最初から完成形を下書きすることはできない人間なので、手を動かしながらチラシのビジュアルを作る。写真を原型がなくなるほどいじったのは随分久しぶりだった。

6月、晴れて『白い影絵』の本番を迎える。非常に好意的な意見もあれば、酷評する人もいた。石原吉郎の非常に硬質な手記と彼の難解な詩から出来た台本であるから、観る方にかなりの負荷がかかるであろうことはよくわかる。創作する側としては、詩が生まれる瞬間を表現するような舞台でとても面白かった。詩人というのは、巫女的な霊感がないといけないんじゃないかと思う。凄まじく暑い船内でシベリアの舞台が繰り広げられ、やる方も見る方も頭が混乱しそうな本番であった。

6月20日に説経節政大夫師の『愛護の若』最終回に演奏で参加した。『白い影絵』本番直後で、自分の頭の中も真っ白。残念ながら、あまり記憶が残っていない。7月にも、もう一度政大夫師の演奏に伴奏で参加。政大夫師が萩原朔太郎の詩につけた歌は密かな人気がある(この時期に、半年後、説経節についてむちゃくちゃ考えることになるとは正直思ってもみなかった)。

7月から8月にかけて『白い影絵』のDVD・配信映像の編集、パッケージ製作、宣伝などをやっていた(この時期に練習できたのは、後々のことを考えるとかなり良かった)。あとは、夏は船劇場が使えないので、ぼーっと楽器の練習ばかりしていた。

9月に、これから数ヶ月の間、1ヶ月ごとに一つ一つ目玉を作って宣伝していこう話を劇団としていた矢先に、船劇場の修理勧告が劇団に通達される。ここから怒涛の日々が始まったが、それでも9月から11月までに考えていた予定は大体クリアできた。今思えば結構頑張ったなと思う。

さて、この時期に僕は横浜ボートシアターの劇団員になることを決めた。劇団員になったからといっても、やってることは結局何も変わらないが、気持ちの問題として逃げ場を塞いだのである。客観的に見れば大きな転機だが、それよりも船劇場の今後のことの方が気にかかって、現在でも劇団員になったという現実感がない。この現実感のなさは、通過儀礼が廃れた現代人特有の、のんべんだらりとした時間感覚と言えるだろう(これを逆説的にいえば、通過儀礼がないと人間は現実感が保てないのではないかという仮説にもなるが、果たしてどうだろうか)。

年末くらいからだろうか、ストレッチを意識的に行うようにしている。始めた理由は、自分の姿勢の悪さが体の硬さからきているように思えたためだ。また、右の股関節がうまく使えないことからくる、左右の体のアンバランスさも改善したかった。恥ずかしいくらい硬い体であるが、やればかなり効果が出るので継続したい。

こうやって書いてみると、生々しい思い出や肌感覚が想起されて結構疲れる。これからはあまり溜めないようにして、少しずつ書いてはその時の感覚を供養してあげたほうがいいのかもしれない。