良い音とオカルト

「良い音」について語られるとき、そこには語られることが少ない前提が、少なくとも二つある。

1 主観的定義 良い音=心地よい音(好きな音)
2 客観的定義? 良い音=原音に忠実

客観的定義に「?」をつけたのは、原音に忠実という判断がいかにして十分に保証できるかという点がよくわからないからだ。

例えばCDとレコードのブラインドテスト、というのを考えるときにも悩ましい問題がある。まず、CDとレコードを厳密に同じ条件で再生するということは、ほぼ不可能ではなかろうか。再生音源、アンプ、スピーカー、ケーブル、電源を同じ条件にしたとしても、CDはCDプレイヤー、レコードはレコードプレイヤーで再生しなければいけない。再生装置が本質的に違うという時点で、「CD」と「レコード」という二つの媒体を純粋に比較することは困難になる。

そういう厳密な話はさて置くとして、良い音というのは文脈的に主観性と客観性を同時に含んだものになりやすい。そういう話の最たるものが、CDとレコードの音質比較というものである。音質比較という一見客観的な言葉ではあるが、これは結局のところ「どちらが良い音か」という問題を扱っているに等しい。そして、この話題は大抵レコードが良いと思っている人がレコードの「音質の良さ」を主張するというオチがついている。

しかし、CD(レコード採取音源)とレコードをランダムに流すようなブラインドテストをやったとしたら、僕の予想では、全部を正確に言い当てられる人間はいない。見た目と気分で音を判断している人がほとんどだと思う。普通に考えて、可聴域を十分すぎるくらいにカバーしたCDと、レコードをブラインドで区別することは、困難だろう(余談だが、2017年現在となっては、CDとレコードなんていう二分法自体が古臭い。ハイレゾ録音・DSD録音とレコードの比較をする方がナウいはず……)。

ところで、CDとレコードをブラインドで言い当てるのが困難だろうと予想するのは、スペックだけを参考にして言っているのではない。自分が音楽を作っている時の経験も加味して言っている。というのは、自分でミックスをやっているとき、操作対象ではないトラックのEQをいじって、音をカットしたりブーストさせる動作をしていると、あたかも操作対象のトラックの音が変わったように聴こえてしまう、という経験を何度もしているのだ(これからもするだろう)。効かないツマミを操作して音を変えた気分になると、一切音は変わっていないのにも関わらず、本当に音が変わったように聴こえてしまう、というこの錯覚は、おそらくオーディオマニアの様々なこだわりに対しても適用できる。

ミキシングについて本気で知識を得ようとしていた時期、ミキシングやマスタリング、特にマスタリングにおいて色々事細かなトリックを使うエンジニアが、サンレコなどで手の内をちょっとだけ明かしたりする記事を以前よく読んでいた。しかし、そういう記事を読んでもあまり信用できないというか、実際に聴いていないんだから「ふ〜んそうか〜」と思うしかないな、と割り切り、いつしかスルーするようになった。今ではその手の記事や本は全く読まない(たまに読むとためになる部分もあるだろう、と今でも思うものの)。

基本的なEQ処理やコンプ処理はともかくとして、効果の怪しいトリックについては眉唾だなあ、と思っていた昨今だが、ふと先ほど思い直した。基本を押さえた上で、そういった実際的効果が怪しいレベルまで気を配るということ自体には作品価値を高めることに貢献する可能性がある。神経を人間には理解不能な領域まで尖らせることによって、ようやく基本的処理が十分にこなせるレベルにまで感覚が研ぎ澄まされるのだ。エンジニアも人間であり、五官のうち、主に聴覚を最大限に研ぎ澄ませる必要がある。そういった身体性が必要なのは、ミュージシャンとなんら変わりがない。

効果の怪しいトリックをオカルト的と言っていいのであれば、ミュージシャンに限らず、表現者というのは往々にしてオカルト的方向に突っ走りがちである。それは一見非合理だが、理解・識別不能な領域を目指して神経を研ぎ澄ませること自体に意味がある。研ぎ澄まされるために使われるタームがたまたまオカルトになりやすい、ということなのだと思う。

そういった表現者やエンジニアのオカルト的な言葉遣いは文化人類学的な研究課題になるかもしれない。オカルティックな表現や技術を通して、本当はどんな課題が解決されているのかを理解することは、技術の進歩を考える上でも有用だと思う。

(2017/09/28/23:53 論旨を整えるために追記)

『にごりえ』ツアー終了

『にごりえ』のツアーが無事に終了しました。来場されたお客様、受け入れ先のみなさま、関係者のみなさま、どうもありがとうございました。またお会いできたら嬉しいです。

次は『賢治讃劇場』……明日から早速稽古再開します。これから本番に向けて陰に陽に色々と準備をせねばなりません。気を引き締めて頑張ろうと思います。