音楽系の界隈では毎年11月〜12月くらいに大規模なセールが行われます。最近日本の小売店にも広がりつつある「ブラックフライデーセール」、それから「サイバーマンデーセール」です。
年々DAWによる音楽制作がコモディティ化しつつあるように見受けられる昨今、WavesやMelda Productionなど、おそらくほぼ通年何らかのセールをやっているようなメーカーから、AbletonやAVIDみたいなあんまりセールをやらないところまで、ここぞとばかりに安売りを仕掛けます。物質的な制約のないソフトウェアは値段に融通が効きやすいでしょうから、いつもは数万〜数十万するプラグインを期間限定で値下げするという戦略は、ブランドイメージを崩さないためにも、きっと理にかなっているのでしょう。
ここ数年、ディスカウントされた赤い数字がディスプレイ上を駆け巡るこの時期を少なからず楽しみにしていた身ではありますが、今年はあまり心が弾まず、結局Native Instrumentsのタダでもらえるリバーブプラグインをダウンロードするだけに終わりました。
そうなった理由はいくつかあります。新しい機材やプラグインを増やすより、ある楽器を練習することの方が今の自分には優先事項だということ、自分のMacBook Proがディスコンになって、スペック的にも段々新しいプラグインから取り残されつつあること、愛用中のオーディオ・インターフェースがいつまでたってもCatalinaに対応しないこと、そもそも広告に心を支配されることに拒否感が出てきた、などなどです。
音楽制作の未来
今後、PCやポータブルデバイスのスペックがさらに高くなることで、音楽制作アシスト機能は強化されることでしょう。そのことで、冒頭でも言及した音楽制作のコモディティ化はますます進むのではないかと考えられます。メーカーとしても、プロの需要だけで経営規模を成長させていくのは限界があるでしょうから、当然裾野の広い方向を狙っているだろうし、現にKORG、YAMAHA、IK Multimedia等々が小規模な会場でPA 代わりに使えそうなポータブルスピーカーや、気軽に使えるオーディオ・インターフェースを出してきています。また、プラグインやDAWのメーカーも、AIの発達による作曲支援や、Band-In-a-Boxに相似した自動トラック作成機能を鋭意開発中でしょう(というか、現にもうある。ガレバンやLogicのDrummer機能など)。僕自身はあまり使っていないのですが、ちょっと使用した感じだと、かっちり作っていくにはまだ隔靴掻痒です(本当にラフに作るのなら良いかもしれません)。
プログラムが人間のアイディアを今まで以上にアシストする時代に、曲を作るってどういうことなのでしょうか。完全にコマーシャリズムでやっていく人たちにとっては作業負担の軽減になるから単純にありがたいことだと思われるでしょうが、そうでない身にとって、作曲支援(トラック制作支援?)はどんな可能性があるのでしょうか。人工知能に関する技術を勉強して、プラグインの内部をハックするとかできたら楽しそうなんですけど、めちゃくちゃ大変そうです。
間違いなく言えるのは生演奏の価値が上がるということですね。YouTubeにせよライブにせよ、生演奏であるということ自体に価値が出ています。すでにYouTubeでも「演奏してみた」系の動画がかなり人気で、素人視聴者による新人発掘の真似事みたいなことがコメント欄で繰り広げられています。某Yちゃんとか、Kさんとか、魅力的な演奏をする人は、カバーであっても国を問わず動画の視聴回数を稼いでいます。一方、この先絶対出てくると思うのは、身振り・手振りに合わせてAIが音を生成するというものです。Max/MSPとKinectとかを組み合わせて変な音を出すやつなんかは既にいくらでもありますが、ドラマーっぽい身振りをしたらドラムセットを叩いているような音がするとか、エアギターをやったらそれっぽくギターの音が出るとか、遅かれ早かれスマホアプリとかで出てくるんじゃないでしょうかね。ひょっとしたらもうあるかも……。まあ、そうなってくると、音が本当に演奏されているかどうかの真偽をどうやって確かめるの、ということも出てくるかもしれませんが、その辺は当分大丈夫かな?
もう一つ別の方向性としては、音楽を何かの道具に使う方向性の激化が考えられます。例えばTik Tokなんかで既成曲を自分の動画のダシにするスタイルはすっかり定着していますが、それを一歩進めて、自分の動画企画や主張のために特化した音楽を、ほとんど素人の人が作ることができるようになるでしょう。素人かどうかはわかりませんが、いじめをした人の実名(真偽不明)を告発した歌を作って、広告をガンガン張って視聴回数を稼いでいる人がいました。あんまりちゃんと見ていないので、この人がどうやってトラックを作ったかの推測まではできていませんが、こういう手合いはどんどん増えるでしょう。
そうなると、結局はブランドとイメージに合った発想力がとても大事だということになるように思います。音楽とどう向き合い、社会とどう向き合うか、その発露として発表する作品がいかにその姿勢を体現しているか。年末に改めて自らに問いかけてみたいところです。