日本の近現代史

少なくとも僕の世代においては、大学受験で日本史を選択した場合、学校授業での近現代史はものすごく駆け足になる。大学入試でも、どちらかというと江戸時代までが主な出題内容であった。自らの不勉強のせいが一番大きいのだが、そんな背景も手伝い近現代の知識は現状、壊滅状態だ。

横浜ボートシアターの『アメリカ』という作品に関わらせていただいているおかげで、今、近現代史をたっぷりと学び直している。もっとも、僕の目的は政治経済史を中心とした「通史」をおさらいすることがメインではなく、思想史・精神史並びに社会的変化がいかに文学等の表現に影響を与えたか、という視点からみる文学史(+芸術表現の歴史)にある。特に一番興味があるのは精神史と文学史で、両者の追求を通して過去の日本人がどんな居様をしていたかに、少しでも近づきたい。こういう目的で学び始めると、結局、江戸時代の国学、神道、仏教、民俗学まで射程に入ってくる気配がするのだが、『アメリカ』本公演までに果たしてどれだけの成果を得られるだろうか。丁寧に勉強した方が回り回って音楽にも良い影響が出るという確信はあるので、焦らずにじっくり取り組んでいきたい。

先週より、10月に公演予定の『賢治讃劇場』の演目の一つ『シグナルとシグナレス』の稽古が始まった。しばらくの間、舞台だけでも『日本間で聴く一葉』『アメリカ』と同時進行なので相当ハードなように感じるが、まあ、しっかり休めばなんとかなるのではないだろうか。まずは『日本間で聴く一葉』の二作品『十三夜』と『大つごもり』をしっかり仕上げていきたい。毎回、稽古は本当に楽しくやらせていただいている。

今週は毎年恒例の桜陽高校の授業に顔を出す。どういう感じでやろうか、考え中!

本と公演

今年に入って本を読む量が格段に増えた。横浜ボートシアターの新作に向けて、理解したい問題があるためだ。しかし、参考書籍を多く読むうちに、これは現代に生きる日本人の問題としても捉えられることなのだと思うようになった。好むと好まざると、日本に生まれた人間として、どのように日本を捉えるかという問題を、より深い次元から理解できるようになりたい。そういった思いが、今は音楽を作る衝動よりも強くなってしまった。最終的には音楽の創作へと繋げるのではあるが、急がば回れ、というか、この追究を通らないで道を急いだら何にもならないぞ、という思いで、今は色々と勉強している。

この勉強の行き着く先はどこなのか、たまにわからなくなることがあるが、大まかには「来年の芝居のため」「自分自身の表現のため」「遠藤さんが創作者として背負ってきた歴史性を理解するため」の三点である。これらはどれも互いに重なり合うもので、強いてその重なり合う部分を言葉にするとすれば、「松本利洋という一個人に生まれた以上背負わざるを得ない宿命を知るため」とでも言えるのかもしれない。言葉にしてみるとはっきりするが、これはどう考えても一年やそこら本を読んだだけで解決できるものではなく、一生をかけて追っていく問題だ。十年くらい前から、漠然と音楽はライフワークだと感じてきていたが、今年はその意味を改めて問い直すような段階に来ているのかもしれない。

今のところ、この乱読で得た大きな成果の一つは、身の回りの人も含めて僕から見て素晴らしいと思える人々が、ここ百年以内にもたくさんいるということがありありと実感できるようになった、という点である。

そんな風に実感される人物の一人、横浜ボートシアター代表・演出の遠藤啄郎さんと創作に取り組めているということは、自分にとって非常にありがたいことである。遠藤さんの感性・才能に触れられるのはもちろんのこと、昭和三年生まれの方と仕事ができるというのは、おそらく僕と同世代の人たちの中では、そうそうあることではない。そして、横浜ボートシアターの芝居を観にいらっしゃる観客の皆さんとしても、米寿を迎えた演出家の芝居を観られることはそうそうないだろう。今享受している幸せを見失うことなく、日々精進していきたい。

さて、前置きが長くなりましたが、横浜ボートシアターは今年も「日本間で聴く一葉」をやります。上で述べたような読書はこの公演のためではないのですが、丁寧な本の読み込みが樋口一葉作品の理解にも良い影響を及ぼしているように思います。

樋口一葉の素晴らしさは、人間を一歩引いたところから観る視点、言葉の面白さ・美しさ、語りにした時の音声的な面白さ、筋立て等々多岐に渡ると思っておりますが、原文が地の文とセリフが分かち書きされておらず、とかく難解だと思われやすい作家でもあります。しかし、語りで聴くと、実は非常にわかりやすい文体で、しかも魅力的であるということがよくわかります。ぜひ、一度生で横浜ボートシアターの語りを聴いてみてください!

2017年7月8日〜9日16時開演、場所は横浜「自在」南軽井沢稲葉邸です。

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